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幻想のゲームの中で〜インナーチャイルドWSにて
【単発】Inner Child / 吉田エリ
私はいつも残念に思うことがあります。

それは、とても魅力的な人が、自分を疑ったり、嫌ったりして自信を失っている時。

才能に溢れ、絵を描けばイキイキすることができるのに、愚痴をこぼしては泣きっ面を仮面にしてしまった人。

自分の力量を試すことなく、ネット裏でキャッチボールをして過ごす人。

そんな人達に触れあうたび、「ああ、この人はまったく自分のことを知らないのだなあ…」と、そう感じてため息が出てしまうのです。

私は、表現アートセラピーを初めてから、幸いにも沢山の人と出会う機会に恵まれました。
その中でも特に<インナーチャイルド・ワーク>に参加してくれた人達のことは印象に残っています。
皆、例外なく個性に溢れ、エネルギーの源の存在感を漂わせている人達。
彼らは、いわば歩くインナーチャイルド達なのです。

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ココロもカラダもスペースも
トピックス / 吉田エリ
最近、世の中には静かな断捨離ブームが起こっている様子。

「断捨離」とは、そもそもヨガの「断業」、「捨行」、「離行」という考え方から発展したもの。不要なモノを断ち、捨てることで、モノへの執着から離れ、身軽で快適な生活を目指そう、というアイデアが、モノに溢れかえった現代人の心を掴んだのでしょう。

かく言う私も断捨離にはまった一人。

そして、ここ数年は身体のデトックスにも熱中してきました。人一倍めんどうくさがりで、飽き性の私が、なぜかここに来て、コツコツと続けている理由は、心と断捨離そしてデトックスの共通点にあります。

「モノを捨てることや身体の毒素を浄化することは、感情を解放したり、思いを捨てることに似てる」そう改めて気づいたのは、10年以上前から取り組んで来た心のクレンジングワークの経験があったからなのです。



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光の巡礼〜3・11インテグラル・アートセラピーを終えて
【連続】鎌倉の連続講座 / 吉田エリ
3月11日。 東日本大震災を経て、今日で1年という節目を迎えました。
私達日本人は、この日の意味を模索しながら、未だトンネルの中に佇んでいるような気がするのです。
まだ癒されない痛みや悲しみ、苦しみの中、被災地である東北、そして日本は再生への手がかりを見つけようとしています。

この特別な時間を、私はインテグラル・アートセラピーのコースが行われている鎌倉で迎えました。

地震が発生した午後2時46分の時間に合わせ、集ってくださった人達と、祈りと解放の時間を持つことができたことは、私にとって、そして参加者全員にとって、大きな癒しの体験となりました。

私達は、テレビもラジオも新聞にも触れずにこの時を過ごしていましたが、どこかで、世界中の人々と心を同じくしていたような気がしていたのです。溢れる涙と共に大きなエネルギーを感じていました。たぶん、同じ時刻に世界中の祈りが結実したのだろうと思います。

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禅という生き方
【単発】Tao・禅 WS / 吉田エリ
2012年の冬の真っただ中、<禅とアートセラピー>というテーマのワークショップが行われました。
禅という言葉を知っている人はいても、その思想や本質について理解している人は少ないのかもしれません。

禅とは何か?

禅は一言で語れるものではなく、そもそも、言葉で説明がつかない経験が禅なのですから、この問いそのものが、禅問答のようなイメージを伴っています。

禅は、釈迦の教えが中国を経て、鎌倉時代に道元によってもたらされ、日本で根付いた宗教ですが、仏教の一派でありながら、独特な修行(座禅や禅問答)を大事にしているのは、もとはインドの「禅那(ジャイナ)」〜静慮という精神と呼吸の調整に重点を置いた瞑想を行い、神通力を極めた信仰から発展したものだからなのだという説もあります。
即ち、座禅のような瞑想そのものが禅か?と問われると、そう短絡的に捉えられるものではないのが禅のようです。
そして、その問いに真摯に取り組んだ哲学者として、高名な鈴木大拙の同名の書がありますが、実際に読んでみても、禅の神髄を経験することは、個人差もあるけれど、やはり難しさがつきまといます。

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コンビニエンスな幸福
【単発】北軽井沢の特別講座 / 吉田エリ
「幸せって何だろう?」誰でも一度は頭をめぐらせる問いでしょう。

しかし、その答えを見つけることはそう簡単ではなさそうです。まして、すべての人に共通する答えなどあるはずもありません。
病気になったときにはじめて健康であることの大切さを味わうように、幸せで在る時にはそれに気づくことは無いのではないかしら?
幸せはそれが去ったときにはじめて「ああ、あれは幸せだったのだ」と気づくもののような気がします。(記憶は、今ここで体験している感覚とは異なり、思い出している時の状態や情緒がそのイメージを彩るようなのです。)
ならば人間は幸せとは縁遠い存在なのでしょうか…。
少し先にある何かを追い求め、私達は一時も在るがままを楽しむことはありません。楽しめるとしたら、そこには特別な意味づけが必要になってくるのです。多くの幸せがラベル付けされて、記憶の中に転がっています。そして、それに似た瞬間を追い求めるのです。
何かを手に入れたり、叶ったりする瞬間はそれこそ瞬く間に過ぎ去り、喜びや満たされた感覚は麻痺して行くのに…。

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